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今日も平戸で庭ぐらし 平戸のお庭
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    このブログを書き始めた1番の動機は、平戸に古くから残っている庭があることを多くの人に知ってほしい。

    そんなことだったのに、何と庭の話題の少ないことか。

    と常々反省はしているのですよ、一応。

     

    もちろん多くの日は、庭ぐらしをしながら過ごしているわけですが、そのような中にもあれこれと首を突っ込んでみたり。

    それが日々のブログのネタになる、わけです。

    ところが、オープンガーデンを控え、あれこれと首を突っ込んでいるヒマなどないほどの庭ぐらしが続くと、ネタが枯渇。

     

     

    さて、何を書きましょうか?

    そうそう、お庭の成立について、あまり書いたことがありませんでした。

     

    今回、11軒が公開予定です。

    武家屋敷の庭がメインですが、町屋の坪庭的なお庭の家もありますし、いろいろ。

    成立時期も江戸時代から明治、大正、昭和、とさまざまです。

    熊澤三郎記念館のお庭が1番新しいと思います(といっても元になった庭は江戸期と思われます)。

    新しいといっても50年ほどは経っているでしょう。

    昭和40年代だったと思いますが、熊澤先生がお元気な頃、久留米の作庭家であった東梅里(ひがしばいり)によって整備されたお庭です。

    とてもよいお庭です。

     

    古くからの佇まいを残しているのは、志自岐家、川谷家。

    川谷家は、平戸の庭の空気感を今によく伝えている庭です。

    派手さはありませんが、専門家の評価が高いお庭。

    志自岐家は、江戸期の庭に、明治時代に宇治に製茶技術を学びに行った人が持ち帰ったらしいバラが数種植えられていて、それが庭によくマッチした興味深いお庭です。

     

    我が家の庭は、江戸期に作られ、築山と梅の古木周辺を残しつつ、大正末期に手を入れて今の姿になりました。

     

    現存している庭のもとになった庭が江戸時代のいつ頃に作られたのかは定かではありません。

    観中公(=松浦熈 平戸藩第10代藩主1791−1867)が棲霞園や梅ヶ谷津偕楽園(どちらも国の名勝)を造られたころ、その周辺でも庭が造られたようです。

    平戸藩の長崎出張所(?)に出向いていた平戸藩士が書いた「平戸咄」に、平戸藩内で盛んに庭の造成が行われていた様子がうかがわれ、その時代に家中の家でも庭が造られたのではないかと推察しています。

     

    以来200年ほど。

    その間、沢山の庭が手入れを続けることが叶わず廃園に追い込まれましたが、それでも20ヶ所以上にまだその当時からの庭が確認されています。

    今回11軒(1軒は酒蔵)が公開しますが、何代にもわたって手入れを続けての今日です。

    一方で長きに渡って咲き続ける平戸ツツジの生命力の強さもどうぞお楽しみいただきたいと思います。 

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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